仙台〜一ノ関線 岩手急行バス
一ノ関駅 08時00分発
2011年9月に岩手急行バスで一ノ関駅から仙台駅前(さくら野前)まで乗車した「仙台〜一ノ関線」の乗車記です。
おはようございます。雨の朝です。一ノ関駅で仙台駅前への高速バスの到着を待ちました。これから乗車する「仙台〜一ノ関線」は岩手急行バスと東日本急行の共同運行なのですが、今回の狙いは岩手急行バス。事前に時刻表やHPで調べるも、担当事業者がわからなかったので現地出たトコ勝負をする事にしました。乗車を予定していた7時30分発の担当は残念ながら東日本急行、幸いにして30分間隔で運行している時間帯ですので、1本見送ってみると…8時00分発の便で岩手急行バスのセレガがやってきました。もっとも東日本急行も岩手急行バスも路線車の塗装は同じなので、社名以外は大きな差はないのですが、岩手急行の車両に乗車しているという気分が大事です。
一ノ関駅で9人の乗車がありました。往復乗車券を購入する乗客が目立ちます。時間帯が良いのか、発車後は一ノ関駅口で2人、合同庁舎前で5人と乗客が増えて行きます。
岩手県交通の一般路線バスの後ろに付き、イオン一ノ関店前で3人乗車して、この便の乗客は19人で確定しました。
一関インターから東北自動車道に入ると、まもなくして岩手県に別れを告げ、宮城県へと入ります。
車内放送は東日本急行と同じで、音声合成の第一人者、岡本さんの声が流れます。希望者がいれば三本木PAでトイレ休憩があるようですが、この便では降車ボタンを押す乗客は現れずに通過となりました。その後、宮城交通の高速バスとすれ違い。行き先はわかりませんでしたが、時刻表と照らし合わせる限り、秋田行きの「仙秋号」かもしれません。
車両は日野セレガ。11列補助席付きです。車内のシャンデリアやサンダーカットの窓から貸切車からの転用のようです。
仙台宮城インターで東北自動車道を降りました。
新潟行きの「WEライナー」とすれ違うと…
広瀬通一番町に到着。6人の降車がありました。
そして終点の仙台駅前に到着です。
さて、この岩手急行バスは東北自動車道が開通していなかった1960年代に、盛岡〜一関間を運行する急行バスとして岩手県内のバス事業者が出資した合弁会社でした。その後、時代の移り変わりと共にこのような合弁会社は全国的に衰退の道をたどります。岩手急行バスも同様に路線バスから撤退、貸切事業者として営業してきましたが、なんと2003年に東日本急行の「仙台〜一ノ関線」に参入、衝撃的な路線バス再デビューを果たしました。かつて岩手県内で急行バスを運行していた事業者が、20年以上の時を経て他県への高速バスを運行するなんて、歴史というのはわからないものですね。
<撮影2011年9月>
一ノ関駅 08時00分発
2011年9月に岩手急行バスで一ノ関駅から仙台駅前(さくら野前)まで乗車した「仙台〜一ノ関線」の乗車記です。
おはようございます。雨の朝です。一ノ関駅で仙台駅前への高速バスの到着を待ちました。これから乗車する「仙台〜一ノ関線」は岩手急行バスと東日本急行の共同運行なのですが、今回の狙いは岩手急行バス。事前に時刻表やHPで調べるも、担当事業者がわからなかったので現地出たトコ勝負をする事にしました。乗車を予定していた7時30分発の担当は残念ながら東日本急行、幸いにして30分間隔で運行している時間帯ですので、1本見送ってみると…8時00分発の便で岩手急行バスのセレガがやってきました。もっとも東日本急行も岩手急行バスも路線車の塗装は同じなので、社名以外は大きな差はないのですが、岩手急行の車両に乗車しているという気分が大事です。
一ノ関駅で9人の乗車がありました。往復乗車券を購入する乗客が目立ちます。時間帯が良いのか、発車後は一ノ関駅口で2人、合同庁舎前で5人と乗客が増えて行きます。
岩手県交通の一般路線バスの後ろに付き、イオン一ノ関店前で3人乗車して、この便の乗客は19人で確定しました。
一関インターから東北自動車道に入ると、まもなくして岩手県に別れを告げ、宮城県へと入ります。
車内放送は東日本急行と同じで、音声合成の第一人者、岡本さんの声が流れます。希望者がいれば三本木PAでトイレ休憩があるようですが、この便では降車ボタンを押す乗客は現れずに通過となりました。その後、宮城交通の高速バスとすれ違い。行き先はわかりませんでしたが、時刻表と照らし合わせる限り、秋田行きの「仙秋号」かもしれません。
車両は日野セレガ。11列補助席付きです。車内のシャンデリアやサンダーカットの窓から貸切車からの転用のようです。
仙台宮城インターで東北自動車道を降りました。
新潟行きの「WEライナー」とすれ違うと…
広瀬通一番町に到着。6人の降車がありました。
そして終点の仙台駅前に到着です。
さて、この岩手急行バスは東北自動車道が開通していなかった1960年代に、盛岡〜一関間を運行する急行バスとして岩手県内のバス事業者が出資した合弁会社でした。その後、時代の移り変わりと共にこのような合弁会社は全国的に衰退の道をたどります。岩手急行バスも同様に路線バスから撤退、貸切事業者として営業してきましたが、なんと2003年に東日本急行の「仙台〜一ノ関線」に参入、衝撃的な路線バス再デビューを果たしました。かつて岩手県内で急行バスを運行していた事業者が、20年以上の時を経て他県への高速バスを運行するなんて、歴史というのはわからないものですね。
<撮影2011年9月>