※今回は、バス乗車記ではなく、乗船記です。
私が「船旅通勤」の存在を知ったのは、都営地下鉄の駅構内に貼られた、1枚のポスターでした。
「面白そうな企画だな」「五反田から船に乗れるのか」「そもそも目黒川って、船が通れる程の水深があるの?」
B1サイズのポスターから広がる世界。これは乗るしかない!と、実証運行に参加する事に決めました。
らくらく舟旅通勤第2弾 航路6朝
五反田7時00分発 天王洲(東品川二丁目)行き
第27船清丸
やってきました。朝の五反田駅。
五反田の船着場は、東急池上線の高架下、JR山手線から徒歩5分の目黒川に位置します。
「舟旅通勤」の航路はいくつか存在しますが、今回乗船する「航路6ルート」は、五反田から目黒川を下り、京浜運河を経由して天王洲までを結ぶ所要時間約25分の船旅です。目黒川を船で移動するという概念がこれまでなかったせいか、私が興味を一番持ったルートでした。
目黒川は、中目黒の桜が春の名所として有名です。私も周辺を散策する事がありますが、普段は水深がほぼ無く、コンクリートの川底を澄んだ水が勢いよく流れています。しかし、そこからわずか数キロメートル下流に移動しただけで、船が航行出来る程に水深がある事に驚きました。
調べてみると、中目黒駅の下流側(駒沢通りのあたり)に船入場という場所があり、かつては目黒川が運河として整備され、ここまで船運が行われていたそうです。船入場から下流は感潮区間(潮汐の影響で潮位が変動する)となり、特に太鼓橋からは川底が深く、かつ勾配がほとんどないために、水の流れは停滞傾向にあります。五反田は、そんな海に近い環境にある船着場でした。
船着場には、これから乗船する「第27船清丸」が接岸していました。
屋根はなく、比較的小型のサイズです。川といえども、潮の満ち引きで潮位は変化しますし、橋桁の低いところもあります。このサイズがジャストなのかもしれません。
それでは乗船しましょう。受付で予約していない旨を申告し、交通系ICカードで200円を支払いました。
船内の様子。
各座席には、オレンジ色の救命胴衣が置かれています。
この救命胴衣がクッションも兼ねていて、この上に着席するよう促されました。
7時00分、定刻通りに五反田船着場を離岸。
集まった乗客は5名でした。「舟旅通勤」とは名前が付いていますが、各乗客はスマートフォンで映える景色を撮影するなど、船内のムードは「舟旅観光」の様相です。
わずか数メートル低いだけとはいえ、水面から見上げる視界は、何もかもが大きく感じました。
目黒川は、都市部を流れるだけあって、いくつもの橋が架けられています。
私が乗船した日は、大潮の満潮から数時間後という事もあってか、潮位が高く、桁下までの距離が特に短く感じます。おそらく、立ち上がって手を伸ばせば、橋桁を触れられるところもあるでしょう。(もちろん、そんな事はしませんが)
各橋に表記された「桁下〇.〇メートル」の数字がリアルに実感出来ます。「桁下2.5m」であれば、余裕をもって通行できますが、「桁下2.0m」になると、本当に頭上に橋がある感覚です。
しばらくして、前方から船が近づいてきました。
天王洲発、五反田行きの便です。
すぐに船員さんから「船が揺れます」と注意喚起。
すれ違うと、引き波によって、船体が山や谷を越えるかのように上下しました。
まるで遊園地のアトラクションのようです。幅の狭い川で船同士がすれ違うと、このようになるのですね。エンジンの出力を絞って船を安定させ、クリアしました。
天王洲を目指して、船は進みます。
JR京浜東北線、東海道線の橋桁が迫ってきました。
「桁下〇.〇m」の表記は見つけられませんでしたが、ここも橋桁までの空間が狭く感じます。
橋桁にはリベットが打たれ、重厚感のある無骨な見た目が、余計に心をそそります。
船は進み、水面へと枝を伸ばす、桜が見えました。
春に訪れたならば、さぞかし素敵な風景でしょう。目黒川の桜は、中目黒だけではないのです。
京浜急行線の新馬場駅が見えてきました。
そういえば、この区間の目黒川直下には、首都高速中央環状線(C2)の「山手トンネル」が存在します。
今、私の真下に首都高速があって、いつも乗車するリムジンバスが走っているなんて、なんとも想像しがたい景色でした。
そのうち、一気に視界が開けました。
左側には、天王洲運河の水門「目黒川水門」が見えます。
そのまま首都高速1号羽田線、東京モノレールの高架をくぐり、船は京浜運河へ。
ここまでくれば、天王洲船着場は、すぐそこです。
そして、天王洲船着場に接岸。ここまで約25分の船旅でした。
今回、乗船した区間を鉄道と比較すると、五反田駅~天王洲アイル駅間の所用時間は、山手線とりんかい線を乗り継いで約20分。所要時間はほぼ互角と言えます。運賃は鉄道のIC408円(大人片道)に対し、船は約半額の200円と低廉。ただし、これは品川区の実証事業であるからという面が大きいです。船には屋根がなく、悪天候時や寒冷期、酷暑期を考えると、電車通勤の利用者が、普段使いとして船通勤に移行してくれるかどうかは、難しい課題かもしれません。
とは言え、天気の良い小春日和に、このような船で通勤が出来たならば、普段とは違う、充実した一日が始まりそうです。特に桜の季節は最高でしょう。仕事を終え、時間や心に余裕のある夕方~夜間の帰宅便も、自分へのご褒美になります。通勤だからといって、毎日使わなくてもいい。気の向くままの通勤経路という方向性を目指すのもアリだと思います。
最後になりますが、行政が目指す「水辺のにぎわいの創出」や「身近な観光・交通手段としての船運の定着」を進める過程で、船運が出来る環境にある目黒川を活用する事は決して悪い話ではなく、ここからどのように発展させていけるのか。それが、今回の実証運行(五反田~天王洲ルート)の先の景色となるのかもしれません。
<撮影2022年10月>